有珠観光

イザベラ・バードが通った道

日本に鉄道が走ったのが明治5年


その6年後 明治11年に

イギリスの女性旅行家 イザベラ・バードは

横浜港に着きました。

そこから 約5ヶ月 横浜~平取までの

旅行の帰路に有珠に立ち寄っています。

(函館~平取までは、約1ヶ月)



イザベラ・バードの蝦夷の道と

有珠で見た光景をご紹介いたします。

明治11年4月 英国からニューヨーク

サンフランシスコ 上海を経由し

明治11年 5月20日

横浜港に到着

横浜停車場から新橋まで蒸気機関車で
移動し人力車で英国大使館へ

7月3日

新潟着

7月12日

新庄着

7月22日

久保田(秋田)着

9月3日

青森着

8月12日

函館着

森から室蘭(森蘭航路)

当時はまだ、陸路がなく室蘭まで

航路が運行していました。

たしかに最短のルートです。

8月18日

室蘭着

人力車で白老を目指します。

8月22日

平取着

平取に案内したのは、現在有珠に教会が
ある宣教師のバチラー牧師と言われております。

(ただし、まったく記載はないそうです)

イザベラ・バードの目的は、外国人ではなく

和人とアイヌの人々だったので、

記載されなかったのではないでしょうか?

バチラー牧師は、当時はまだ函館で日本語
とアイヌ語を学び、翌年平取に向かっています。

帰路は、航路を使わず、

室蘭~有珠~礼文華~長万部~森

と馬で移動しています。

9月3日

室蘭を出発

有珠街道と呼ばれた海岸線を

進みました。

稀府のあたりで、有珠岳を

見て、驚いている記述があります。

火山は駒ヶ岳しかないという

認識が、目の前に噴煙を上げる

火山に

「朱色でギザギザを火山を持つ」

と感想を述べています。

有珠街道を進み、伊達へ到着

当時も豊かな農作物が栽培されて

いたようです。

「申し分のないオアシス」と

感想を書いています。

「イザベラ・バードの日本紀行」
時岡敬子氏訳 より

その後、長流(おさる)川に出た

バードは、

「泳いで渡ります」と突然告げられ

ずぶぬれになって、対岸へと泳ぐことに。

川を泳ぎ切った一行は、街道を進み

「非常に美しい湖のような眺め」

が見えたと記載されています。

イザベラ・バードが「湖」と思った

場所は、実は有珠の入り江

有珠湾です。

昭和の後半までは、天然の入り江が

かなり残っておりました。

現在も当時のままのポンマの入り江や

海岸を見ることができます。


ポンマの入り江


有珠湾





有珠善光寺の鐘の音を聞き、境内を

散策しています。


イザベラ・バードが見たとされる

千手観音




9月6日

礼文華着

長万部を経由し函館へ

9月12日

函館から横浜港へ出航

9月17日

横浜港 着

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